《ゆらぐ輪郭、声の断片を拾う》
「家庭」において当たり前のものとして受け止められてきた家族のあり方や、家庭という言葉を通して立ち現れる生活空間を手がかりに、構造としての家庭の変化を形にしています。
家庭は、生まれ育った場所である場合もあれば、新たに作り出される場でもあり、私たちが何らかの形で関わる共同体です。そしてそこには、共に暮らす人それぞれの視点によって語ることができます。
本作では、祖母・母・娘(私)という三世代の断片的な視点から家庭の輪郭を捉えようと試みました。
制作にあたっては、それぞれから家庭にまつわる話を聞き、家族のアルバムや当時の新聞記事を参照しながら図像を編み起こしています。形を立ち上げていく過程で、家庭の構造の背後には社会的な流れや政治的な制度が地続きに存在していることが見えてきました。
各世代が語る家庭のかたちは、良くも悪くも互いに影響し合いながら立ち上がっています。その関係性を示すため、編んだパーツは重なり合う構成としています。図像をより明確に編むこともできますが、日常の出来事は近くにあると、ぼんやりとしか見えず、時間や距離をおいて眺めることで全体像が浮かび上がることがあります。本作も同様に、近くで見ると点の集まりのように見え、離れて見ることで図像が現れる構造になっています。
作品は五つの編み物によって構成されています。
中央に配置した二点は、家の外観と、居間に夫・妻・子ども二人が並ぶ様子のスケッチを編んだものです。人物像は輪郭のみで描かれ、消えかけた像として表されています。この4人世帯は、税制や社会保障を考える際のモデルケースとして用いられる「標準家族」と呼ばれる単位です。日本では1960年代以降、この標準家族を基準として「家庭」が想定されてきました。しかし現在、この条件に当てはまる世帯は全体の数%に満たないと言われています。それでもなお、私たちが家庭を想像した時に無意識に思い浮かべる家族像として存在しているため、消えかけた形で作品の中心に配置しました。
右側のパーツには、料理をする祖母と食卓を囲む男性たちの姿を編んでいます。これは出産祝いの席の写真をもとにしています。祖父母は共働きで農家でもありましたが、家のことはすべて祖母が取り仕切っていました。祖母は1928年生まれで、自身が家庭を築いたあたりでは、国家による「産めよ増やせよ」というスローガンのもと、一世帯五人の子どもを理想とする政策が掲げられていました。祖母は戦後に五人の子どもを出産し、困難な時代に家庭を守ったことを誇りとして語っていました。
その隣のパーツでは、父母と二人の子どもの家族写真と、パートで働く母親を扱った新聞記事の写真を組み合わせています。写真は祖母が撮影したものです。母は結婚前、正規雇用で仕事をしていましたが、結婚後は「夫がいるから大丈夫」という理由で退職を促されました。望んだ選択ではありませんでしたが、同じように退職する女性が多く、家庭を築く以上仕方がないと受け止めたそうです。その後、子育てが落ち着いてから長くパートタイムで働きながら、家事の多くも担っていました。
この写真が撮られる数年前の1985年には、男女雇用機会均等法と専業主婦を想定した第3号被保険者制度が制定されています。母は1960年生まれで、専業主婦の妻・働く夫・子どもという標準家族モデルが急増した時代に家庭を築きました。
最後のパーツは、仕事をする夫と赤子の写真を組み合わせたもので、私が撮影したものです。近年では2022年、2025年と育児休業制度が改正され、男性も育児休暇を取得しやすくなっています。これは少子化対策として整備された制度ですが、私には時に子どもを産むことへの圧力として感じられることもあります。子どもがいない理由を問われたり、地方で暮らしていた頃には二人目の予定を尋ねられることもありました。そこには、ある特定の家族像が前提として存在しているように感じました。
私は1990年生まれで、学校教育では男女平等を学びました。しかし成長するにつれて、家庭や社会の中でその理想とのずれに違和感を抱くようになりました。本作は、その違和感を出発点として、家庭の形の変遷を辿りながら、これからどのような共同体が立ち上がっていくのかを考えるために制作したものです。それは、もはや「家庭」とは呼ばれない形かもしれません。
なお作品は、血縁関係の家庭や子どもを持つことを推奨するものではありません。今回参照した写真の多くが血縁関係の記録であったためそれらを使用していますが、社会や時代の変化とともに家庭の形も変わっていきます。血縁関係のある親子だけが家庭をつくるわけではないと考えています。
かつて標準とされてきた家族像が揺らぐ現在、家庭内の無償労働として位置づけられてきた「手芸」を通して、私たちはこれから、共に生きたいと思う人とどのような共同体を作っていくのか。その問いを提示することが本作の試みです。